クモだんなは飛び上がった。
「そんなバカなことができるか! 俺はクモだんなだぞ! バカもんじゃないんだ!」
するとカエルは、また、クモだんなの心臓をひと噛みした。
そこで、クモだんなは、村を一軒一軒まわっては、男たちに
「こんにちは奥様方。」
女たちには
「こんにちは旦那様方。」
と挨拶した。
クモだんなは、バカにされ、笑われ、あげくの果てに、ののしられ、叩かれた。クモだんなは、ヒイヒイ泣きながら逃げ出した。
すると、カエルがまた命令した。
「家へ帰って、女房を棒で叩け!」
「なんだって?」
クモだんなは立ち止まった。
「女房は俺を愛している。俺も女房を愛している。それを、叩けだと?」
「嫌だちゅうかね?」
カエルはひと噛みした。そこで、クモだんなは家へ駆け込むと、
ひっくり返ってぐうぐう寝ている女房を叩きのめした。
この女房は、食べている時以外は、ぐうぐう寝ている女だったが、
棒で殴られたものだから、目を覚ましてわめきだした。
クモだんなに飛びついて、ひっかいたり、噛みついたり、
さあ、その騒ぎが村まで聞こえたから、村長がかけつけた。
「クモだんな、おまえ、気でも狂ったかね!」
ところがクモだんなはのぼせ上がっていたもので、村長を投げ飛ばし、草原に駆け込んで隠れてしまった。
しかし、カエルはまだ許さなかった。
「もう一度村へ行くだ、そして村に火をつけろ。」
「そんなことできるものかね! 見つかったらぶち殺される!」
クモだんなは、せいせい言いながら断った。しかし、カエルがちょっとアゴを動かしたので、クモだんなは飛び上がって
「わかったよ!」
とさけんだ。そして村へ引き返すと、火をつけた。
火はあっという間に村中に広がった。屋根は大きな音をたてて焼け落ちた。
人も牛も逃げまどい、村人たちの泣き叫ぶ声は、草原の果てまで響いた。
朝になった。女たちはまだ熱い焼けあとから、壺やお碗を掘り出していた。泣きながら掘り出していた。
カエルはクモだんなにいいつけた。
「さあ、村長のところへ行って、これはみんな私のしたことだといえ。」
クモだんなは、震え上がった。
「かんべんしてくれ、そんなことをしたら……」
ひと噛みで、クモだんなの心臓に血が滲んだ。クモだんなは、またとぼとぼと歩き出し、村長の前に出て行った。
村長さま、火をつけたのは私です。というのも、にくい、カエ……」
言い終わらないうちにカエルは噛み付いた。
クモだんなは倒れ、人々は、かわいそうなクモだんなにとびかかり、棒で叩き、引っ張り回した。
「殺してしまえ!」
「まて。」
村長は手を上げた。
「裁判をするまで、殺してはならん。」
そこで人々は、クモだんなを放り出した。
それから縄で縛ろうとしたが、クモだんなは、もう息をしていなかった。
しかし、クモだんなは死んではいなかった。ちゃんと生きていた。人々がいなくなると、片目を開けて、そばの木に飛びつき、暗くなるのを待って、草原へ逃げていった。
その途中、クモだんなは、一匹の年をとったカメに出会った。カメは、クモだんなの古い友だちだった。
「私のいう通りにするんだね、クモだんな。」
カメは、のろのろと歩きながら、低い声でつぶやいた。
「急いであそこの池まで走っておいき、そして池の淵にしゃがんで言うんだ。
水だ! とびだせ! とね。」
クモだんなは、じろじろとカメを眺めた。
まったく、ヨボヨボでぶざまなカメだった。けれどカメは、いつも本当のことを言う。
クモだんなは駈け出した。そして池の中に、ひと足踏み込んで、叫んだ。
「水だ! とびこめ!」
カエルはそれを聞くと、もう、じっとしていられなかった。
クモだんなの口から飛び出すと、池めがけて真っ逆さまに飛び込んだ!