競馬界の“二刀流”が脚光を浴びている。障害レースGⅠを史上最多5勝したオジュウチョウサン(牡7才 美浦・和田正一厩舎)が平地レースのGⅠ獲りを狙っているのだ。出走を予定しているのは一年の競馬を締めくくる有馬記念(12月24日・中山競馬場)、もし優勝すれば障害と平地でのGⅠ制覇というJRA史上初の大偉業を成し遂げることになる。
そこで、「平地と障害」という二刀流について調べてみた。
まず、平地と障害の両方で重賞を勝つというレベルの高い馬はどれだけいるのか?
【JRAで平地と障害で重賞を勝った馬】
ダイニカツフジ(1953年朝日チャレンジカップ、55年京都大障害・秋など2勝)
タイシユウ(66年きさらぎ賞、68年京都大障害・春)
ダテハクタカ(69年阪神大賞典、72年阪神障害S・春)
メジロワース(90年マイラーズC、90年中京障害Sなど3勝)
ナムラモノノフ(89年阪神大賞典、91年京都大障害・春)
シンホリスキー(91年きさらぎ賞など2勝、94年中京障害S・春)
ゴッドスピード(96年小倉3歳Sなど2勝、99年中山大障害など3勝)
カネトシガバナー(98年神戸新聞杯など2勝、2001年東京ハイジャンプなど2勝)
ケイアイドウソジン(12年ダイヤモンドS、14年阪神スプリングジャンプ)
この9頭に共通するのは、平地で重賞を勝った後に障害へ転向しているということ。
競走馬のデビュー戦は一般的に平地(芝・ダート)で、平地で成績が芳しくない馬が障害に転向するというのが普通だ。言葉は悪いが落ちこぼれの救済策ともいえる。ただ、どんな落ちこぼれも障害で生き延びられる保証などない。障害の練習をして全くダメなら生き残る資格さえ失ってしまう。障害はありがたい存在なのだ。
ちなみに、平地のGⅠを優勝した後、障害へ転向した馬もいるが、未勝利を勝つのがやっとという成績で引退するケースが多い。
例えば、ダイコーター(’65年菊花賞・‘68年障害1勝)、ブゼンキャンドル(’99秋華賞・‘00障害1勝)、ウインクリューガー(’13年NHKマイルC・‘07年障害1勝)、ビッグウィーク(’10菊花賞・’13年障害1勝)などがいる。
障害から平地GⅠ馬はたった一頭
逆に、障害へ転向して、バネが付いたり腰が強化されるなど身体が変わるケースも多く、またレース数も圧倒的に少ないので、再び平地に戻る馬は珍しくない。では、障害を経験して平地へ戻りGⅠ馬へと昇りつめた馬はいるのか?
一頭だけいる。
「メジロパーマー」(‘89年デビュー~‘94年引退)。
4歳時に札幌記念(GⅢ)を勝つなど平地で4勝したが障害へ転向。障害未勝利戦を勝ち、2戦目を2着したあと平地に戻る。
‘92年、5歳で新潟大賞典(GⅢ)を勝利し挑んだ宝塚記念(GⅠ)を13頭立て9番人気で逃げ切り勝ち。暮れの有馬記念(GⅠ)も16頭立てブービー15番人気で逃げ切り勝ちし、春秋グランプリ制覇という偉業を達成した。“逃げ切り勝ちか惨敗か”という個性的な馬として人気を呼んだ。
障害GⅠ馬は平地GⅠで通用するか
今度は、オジュウチョウサンのように障害GⅠ馬に輝いた後に平地GⅠに挑んだケースはどうだったのか。かつては障害と平地の獲得賞金を合算する規定があったので、障害活躍馬がすんなり平地の重賞に挑むことができた。
例えば、「バローネターフ」中山大障害を史上最多5勝し、‘79年天皇賞・秋(当時3200m)に参戦。しかし結果は13頭中11着。「ポレール」‘90年代に中山大障害を3勝し、‘97年の天皇賞・春に挑んだが12頭立て12着のシンガリ負けに終わっている。
障害は3000m前後の長距離を走るので、平地の長距離でもスタミナは通用しそうだが一線級に交じるとスピードで劣ってしまう感じ。障害GⅠを勝って平地GⅠを勝つのは、やはり畑が違うのかもしれない。
偉業なるか?オジュウチョウサン
そんな前例のない“二刀流GⅠ”をオジュウチョウサンは狙っているのだ。戦歴を振り返ってみる。2013年10月東京新馬戦11着、次の未勝利戦を8着したあと一年休養。3歳で未勝利の場合、JRAでの平地レースには出られない規定のため障害へ転向する。
2014年11月障害初戦を14頭立て14着。次の未勝利戦を12頭立て11番人気で2着に入る。
障害4戦目で勝利し、続くオープンを勝って2連勝。
快進撃が始まったのは、2016年4月中山グランドジャンプG1・1着から。同レースを3連覇、中山大障害2連覇を含む重賞9連勝を記録する。
余談だが、2017年のJRA年度代表馬の投票で、290票中キタサンブラックに287票、残りの3票はオジュウチョウサンだった。
障害での強さが破格なため、陣営は再び平地レースへの挑戦「有馬記念を目指す」と明言した。ただし、越えるべきハードルは高い。平地の重賞に出るには平地で勝ち上がり賞金を積み上げなければならない。
2018年7月7日福島・開成山特別(500万下 芝・2600m)に出走し、武豊騎手を背に4コーナーで先頭に立つと2着に3馬身差を付けて快勝、1番人気に応えた。
11月3日東京・南部特別(1000万下 芝2400m)、“所詮は障害上がりの馬”と評価されたか3番人気だったが、先行策から直線で差し切り勝ち。東京競馬場は大歓声に湧いた。これで11連勝を記録する。
レース後、手綱を取った武騎手は
「しっかり折り合って、しっかり脚を使ってくれました。人気のある馬ですし、勝ちたいと思っていました。タイムなど一線級との差は感じますが、まだ平地に戻って2戦目ですし、その分伸びシロがあるのではないでしょうか」
とコメントした。
ついに有馬記念参戦の下地作りができた。有馬記念はファン投票が行われるがオジュウチョウサンはベスト10に必ず入ってくるだろう。
血統を見ると、父は三冠馬オルフェーブルも出したステイゴールドなので好走しても不思議はない。2歳時から一年休養がなければ平地で結果を出していた可能性も考えられるので、一概に障害馬上がりと侮ってはいけないかも。兄弟を見ると、1歳上の全兄ケイアイチョウサンは3歳時にラジオNIKKEI賞(GIII)を優勝。2歳下の全弟コウキチョウサンは4月に1600万条件に昇格している。
~現在、オジュウチョウサンが保持している記録~
JRA障害G1競走勝利数 1位(5勝)
JRA障害重賞勝利数 1位(9勝)
JRA重賞競走勝利数 8位タイ(9勝)
JRA障害G1競走連続勝利数 1位(5連勝)
JRA競走連続勝利数 1位(11連勝) 国営競馬時代を含めると単独ではなく1位タイ記録。
JRA重賞競走連続勝利数 1位(9連勝)
JRA障害競走連続勝利数 1位(9連勝)
JRA障害競走獲得賞金額 1位(5億3265万3000円)
中山グランドジャンプ走破タイム 1位(4分43秒0)
中山大障害走破タイム 1位(4分36秒1)
※2018年11月3日時点
この記録に、「JRA障害GⅠと平地GⅠ優勝」が刻まれるか? 今年の有馬記念、オジュウチョウサンの平地での飛躍を見てみたい。