日本の不動産市場は、近年着実に拡大を続けています。価値総合研究所が公開している『わが国の不動産投資市場規模(2023年)』を参照すると、 2023年の不動産投資の市場規模は約289.5兆円に達し、前年と比べて約13.9億円増で成長しているとわかります。
この成長を支えているのは、低金利環境下での投資需要の高まりや、eコマースの普及による物流施設需要の増加、都市部における再開発プロジェクトの活発化などです。
日本の不動産市場には、通常の取引とは異なる「特殊な不動産」が存在し、その市場規模は合計で40兆円以上に昇るといわれているのです。
本記事では、「共有不動産」「事故物件」「空き家」「再建築不可物件」「底地・借地」という5つの特殊な不動産について、その市場規模を推定し、日本の不動産市場の全体像に迫ります。
拡大し続ける日本の不動産市場
前述のとおり、収益不動産の資産規模は、前回調査(2022年)から13.9兆円増加し、約289.5兆円となりました。これは前回比で5.1%の増加で、コロナ禍を経てもなお、不動産投資市場は堅調な成長を続けています。特に「賃貸住宅」、「商業施設」、「物流施設」といった分野での伸びが顕著です。
(出典:株式会社価値総合研究所「わが国の不動産投資市場規模(2023 年)」)
「賃貸住宅」の資産規模は約77.1兆円で、前回調査から7%の増加を記録しました。住宅需要の安定性や将来への期待が背景にあり、投資家の関心の高さがうかがえます。「商業施設」も同様に成長を続け、約67.7兆円の資産規模を有しています。都市部の商業施設への需要は依然として高く、その影響が投資市場にも表れています。
また、「物流施設」も前回調査から13%の増加率で資産規模を拡大し、約31.7兆円に達しました。Eコマースの普及などによる物流需要の高まりが、この成長を支えていると考えられます。
一方で、「オフィス」は前回調査から1%の縮小を記録し、約103.1兆円の資産規模となりました。テレワークの浸透などにより、オフィス需要の変動が見られる結果となっています。
共有不動産の市場規模推定
共有不動産とは、複数の所有者が1つの不動産を共同で所有している状態を指します。例えば、相続によって複数の相続人が単一の不動産を共有することがあります。
共有状態では、各所有者は持分に応じた権利を有しますが、不動産の管理や売却などの決定には全員の合意が必要となります。
推定値は「11兆6,000億円」
共有持分不動産の市場規模を推定するには、「①:共有状態かつ共有状態を解消したいと考える可能性のある不動産の戸数」「②:中古住宅の販売価格」をかけ合わせる必要があります。
①を算出するにあたり、同じ世帯の世帯員で共有しており、そこに居住しているのであれば、共有状態を解消したいとは思わないと考えられます。逆に、世帯を別にする者同士で共有しているのであれば、共有状態を解消したいと考えるでしょう。
平成30年住宅・土地統計調査によれば、「住宅を他の世帯の世帯員又は法人などと共同で所有する」世帯数は77万9,000件であり、一世帯あたりの持分割合は50%です。
そのため、「住宅を他の世帯の世帯員又は法人などと共同で所有する」状態の住居数は約40万件と推定されます。
「中古住宅の販売価格」=「中古戸建の販売価格」+「中古マンションの販売価格」
・中古戸建の販売価格の平均 = 2,703万円
・中古マンションの販売価格の平均 = 3,156万円
・戸建とマンションの居住形態の割合:戸建:共同住宅 = 54:44 = 27:22
・価格の加重平均:(2,703万円 × 27 + 3,156万 × 22)÷ 49 ≒ 2,906万円
以上から、共有不動産の市場規模は、以下のように予測できるでしょう。
「共有状態かつ共有状態を解消したいと考える可能性のある不動産の戸数」×「中古住宅の販売価格」= 40万 × 2,906万円 ≒ 11兆6,000億円
共有不動産が増える要因とは?
共有不動産が増える主な要因としては、以下の2点が考えられます。
相続登記義務化により、共有状態となることが顕在化してきた(今まで気づかなかった人が気づくようになる)。
死亡数の増加に伴い、相続の発生が増加し、「とりあえず共有」するケースが増加している。
これらの要因により、今後、共有不動産はさらに増加すると予想されます。
相続登記義務化に関しては、2024年4月に施行される改正相続法により、相続登記が義務化されます。これにより、これまで顕在化していなかった共有状態の不動産が表面化し、共有不動産の数が増加すると考えられます。
また、日本の高齢化に伴い、今後も死亡数の増加が見込まれます。相続が発生した際、遺産分割協議が複雑化し、「とりあえず共有」するケースが増加すると予想されます。これにより、共有不動産の数はさらに増加すると考えられるのです。
事故物件の市場規模推定
事故物件とは、過去に自殺、他殺、孤独死などの事故が発生した物件のことを指します。厳密な定義はありませんが、一般的な認識としては、以下のとおりです。
単独の入居者が自殺、殺害された、老衰、転倒などにより死亡すること
なお、事故物件には告知義務もあり、宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドラインにより、事故が起きてから3年間とされています。
推定値は2兆5,000億円
事故物件の市場規模は、「事故物件の件数」と「事故物件1件あたりの売却価額」をかけ合わせることで算出可能です。
ここで、「事故物件」は「過去3年間で当該物件内にて事故が起きた物件」と定義します。
事故物件の件数は、自殺と孤独死の件数から推定してみましょう。
自殺者のうち、自宅で自殺した人の割合は40%で、過去3年間の累計は24,000人となります。よって、自殺による事故物件数は24,000件と推定可能。
殺人その他人が死亡する場合による事故物件は、該当する犯罪件数が年間900件弱と少ないため、ここでは算出しない。
孤独死の件数は、年間3万人、3年間の累計で90,000件と推定される。
以上から、事故物件の総数は11万4,000件(自殺24,000件+孤独死90,000件)と考えられます。
通常物件と事故物件の相場の比較
一般的な相場として、通常物件と事故物件を比較した場合、以下のような割引率が必要とされています。
・孤独死や自然死の場合:10~20%の割引
・自殺の場合:20~30%の割引
・殺人などの事件の場合:30~50%の割引
前述の中古住宅の平均販売価格2,906万円を基準に、自殺物件と孤独死物件の平均価格を算出すると、以下のようになります。
・自殺物件の平均価格:2,906万円 × 0.7 = 2,034万円
・孤独死物件の平均価格:2,906万円 × 0.8 = 2,325万円
これらの平均価格と件数から、自殺物件と孤独死物件の市場規模を推定します。
・自殺物件の市場規模:24,000件 × 2,034万円 ≒ 4,900億円
・孤独死物件の市場規模:90,000件 × 2,325万円 ≒ 2兆円
以上より、事故物件全体の市場規模は、約2兆5,000億円が予測値となります。
空き家の市場規模推定
日本における空き家問題は年々深刻化しています。総務省の『住宅・土地統計調査』によると、2018年時点での全国の空き家数は849万戸に昇り、空き家率は13.6%となっています。
(出典:国土交通省「空き家の現状と課題」)
この数字は、5年前の2013年調査と比べて26万戸増加しており、空き家問題が急速に拡大していることがわかります。
空き家の増加は、地方だけでなく都市部でも見られる現象です。高度経済成長期に建てられた住宅の老朽化や、所有者の高齢化・死亡による相続放棄などが主な要因とされています。
空き家の市場規模 推定値は6兆円
空き家の市場規模を推定するにあたり、まず「空き家市場データブック2016」を参照します。このデータブックによると、「中古住宅の流通(売却)」の市場規模は6兆円とされています。
一方、さらに、統計局の公開している『令和5年住宅・土地統計調査』も参照すると、2018年時点での空き家の数は848万9千戸に昇るとわかります。仮に、これらの空き家がすべて中古住宅として流通するとした場合、1件あたりの売却価格は約70万円程度になります。
・6兆円 ÷ 848.9万戸 ≒ 70.7万円/戸
この1件あたりの売却価格は、空き家の多くが地方に偏在し、老朽化が進んでいることを考慮すると、妥当な数字といえるでしょう。
ただし、実際には空き家のすべてが中古住宅として流通するわけではありません。倒壊の危険がある空き家や、所有者不明の空き家など、売却が難しいケースも少なくないでしょう。
再建築不可物件の市場規模推定
再建築不可物件とは、建物を取り壊した後に、現行の建築基準法に適合しないため、新たに建物を建築することができない土地のことを指します。主な理由は、接道義務を満たしていないことです。
建築基準法では、建物の敷地が幅員4m以上の道路に2m以上接していることを義務付けています。この条件を満たさない土地が再建築不可物件となります。
再建築不可物件は、1950年の建築基準法制定以前に建てられた建物や、当時は接道義務を満たしていたものの、その後の道路の廃止や幅員の変更などにより、現在は接道義務を満たさなくなった建物が該当します。
推定値は6兆円
再建築不可物件の市場規模は、「再建築不可物件の数」と「再建築不可物件1件あたりの売却価格」をかけ合わせることで推定できます。
まず、再建築不可物件の数を算出します。総務省の住宅・土地統計調査によると、日本の総住宅数は6,240万7,000戸です。そのうち、幅員2m未満の道路に接している物件数は292万3,600戸、敷地が道路に接していない物件数は129万5,500戸となっています。
これらを合計すると、421万9,100件となり、総住戸数の約6.7%が再建築不可物件に該当すると試算されます。
次に、再建築不可物件1件あたりの売却価格を考えます。通常の物件の相場(上記の中古住宅の平均価格2,906万円)で計算すると、再建築不可物件の市場規模は以下のようになります。
・2,906万円 × 421万9,100件 ≒ 12兆円
ただし、再建築不可物件は建物の建て替えができないなどの制限があるため、通常の物件に比べて売却価格が低くなる傾向にあります。仮に通常の物件の半額で取引されるとすると、市場規模は以下のように推定できます。
・12兆円 × 0.5 = 6兆円
底地・借地の物件の市場規模推定
底地とは、借地権が設定されている土地を指します。借地権とは、他人の所有する土地を使用する権利であり、地上権と賃借権の2種類があります。
地上権は、他人の土地の上に建物を所有することを目的とする物権であり、賃借権は、地主との契約に基づいて土地を使用する債権です。
底地の所有者は地主であり、借地権者は借地人といいます。借地人は地代を支払い、土地を使用する権利を得ます。
推定値は18.8兆円以上
底地・借地の物件の市場規模は、「底地、借地状態となっている土地の件数」と「底地、借地状態となっている土地の1件あたりの売却価格」をかけ合わせることで推定できます。
2008年の時点で、借地権付き住宅に居住している世帯数は117万世帯、借家に居住している世帯のうち、一戸建ての借家に居住している世帯数は12万世帯でした。これらを合計すると、129万世帯が借地または借家に居住していることになります。
したがって、少なくとも129万件の土地が底地、借地の状態にあると考えられます。
次に、底地・借地の物件の1件あたりの売却価格を考えます。通常の物件の相場(上記の中古住宅の平均価格2,906万円)を用いて計算すると、底地・借地の物件の市場規模は以下のようになります。
・129万件 × 2,906万円 ≒ 37.5兆円
ただし、底地・借地の物件は、所有権に制限があるため、通常の物件に比べて売却価格が低くなる傾向にあります。仮に通常の物件の半額で取引されるとすると、2008年時点の市場規模は以下のように推定できます。
・37.5兆円 × 0.5 = 18.75兆円(≒18.8兆円)
全体の市場規模の推定まとめ
以上、日本の不動産市場における特殊な不動産について、その市場規模を推定してきました。推定結果を表にまとめると、下記のようになります。
これらの特殊な不動産の市場規模を合計すると、約43.6兆円という膨大な数字になります。この数字は、日本の不動産市場全体の約20%に相当します。つまり、日本の不動産市場では、表面的な取引だけでなく、特殊な不動産の取引も活発に行われているのです。
不動産投資や不動産ビジネスに関わる人にとって、これらの特殊な不動産の存在を知ることは非常に重要です。今後、人口減少や高齢化が進む中で、特殊な不動産の活用やそれらを含めた不動産市場の在り方が、ますます注目されることでしょう。
株式会社ネクスウィル
2019年1月29日設立。訳あり不動産の買取を行う不動産会社。
相続やペアローンによる共有持分、空き家、再建築不可物件、借地、底地など、権利関係が複雑な不動産を買い取り、法的知識や専門知識を以って、再度市場に流通させている。訳あり不動産の買取サービス「ワケガイ」、空き家、訳あり不動産CtoCプラットフォーム「空き家のURI・KAI」を展開。
2024年度ベストベンチャー100選出。
これまでの買取の経験をもとに、訳あり不動産の解説をする著書『拝啓 売りたいのに家が売れません』(代表取締役 丸岡・著)を2024年5月2日に出版。