菜七子フィーバーの80年前、悲運の第1号女性騎手がいた

2016/04/01
放送作家 石原ヒサトシ
競馬

JRAでは16年ぶりとなる女性騎手、藤田菜七子さんの人気が沸騰中です。

ところで、日本で初めての女性騎手はいつ誕生したのでしょう?なんと今から80年前まで遡ります。

悲運に泣いた第1号女性騎手

日本の競馬で初の女性騎手が誕生したのは1936年(昭和11年)のことで、名前は斎藤澄子(当時23歳)さん。

JRA
出典 Wikipedia

ただ、斎藤澄子騎手は悲運としか言いようのない人生を送るのでした。

-斎藤澄子の話-

斎藤澄子は1913年(大正2年)青森県に生まれます。家で馬を飼うのは珍しくない当時、馬と会話ができると言われるほど乗馬の技術は秀でていました。

幼少の頃に見た草競馬に影響を受けて将来は騎手になると決心。16歳で調教師の元へ弟子入りし、その後、東京競馬場倶楽部で騎手試験を受験します。


しかし結果は不合格。理由は「女性は風紀上問題があるから」という、今では考えられない理不尽なものでした。男尊女卑が顕著な時代、競馬の世界も“女が馬の寝藁を跨るだけで汚れる”と言われるほど差別的だったのです。

「社会は女を受け入れないのか…」


 ―――――― 澄子は女を捨てます。

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放送作家 「クイズ雑学王」、「ボキャブラ天国」等 バラエティを中心にイロイロやってきました。なんか面白いことないかなぁ~と思いながら日々過ごしています。野球、阪神、競馬、ももクロ、チヌ釣り、家電、クイズ・雑学、料理、酒、神社・仏閣、オカルトなことがスキです。

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