
蓋を開けた瞬間に牡蠣の濃厚な香りが漂い、料理に少し加えるだけで手軽に本格中華の味を再現できるオイスターソース―――。その生みの親であるのが、日本でもおなじみのあの赤いキャップと牡蠣を採る兄弟のラベルでお馴染みの「李錦記(リキンキ)」だ。オイスターソースの歴史と使われ方をたどりに、香港を訪ねた。

わずかな国土のなかに高層ビル群が立ち並び、その足元にはきらびやかなネオンと屋台が所狭しと連なる香港。日本からのアクセスも良く、グルメやエンターテイメントが充実した日本人に人気の観光地の一つだ。

「100万ドルの夜景」で知られる香港の中心地から車でおよそ30分。日系企業の工場も立ち並ぶ香港初の工業団地「大埔工業団地」に李錦記の本社はある。
オイスターソースが誕生したのは1888年。李錦記創業者の李錦裳(リ・キンシェン)は広東省で小さな料理店を営んでいた。ある時、彼は店で出す牡蠣のスープを煮込んでいた際、うっかり火を消し忘れてしまい、気が付くと、鍋の底にはこってりと濃縮されたこげ茶色のエキスが溜まっていた。あまりの良い香りにつられて口にしてみたところ、いままで味わったことのない濃厚なコクとうま味が口中を駆けめぐった…。
この調理中のうっかりミスが、オイスターソース誕生の瞬間だった。

現在では創業者の子どもたちが経営を引き継ぎ、世界6つの工場から100以上の国・地域に300種以上の調味料を販売する世界的な調味料メーカーにまで成長を遂げた。偶然の発明から始まったサクセスストーリーで、李一族はいまや米経済誌「フォーブス」が発表する香港長者番付に毎年ランクインするほどの大富豪としても知られる。

今も昔も香港ではNo.1オイスターソースブランドとして圧倒的な知名度を持つ李錦記。日本メーカーからもオイスターソースは多数販売されているが、元祖である李錦記との違いはどこにあるのか? 日本市場の責任者・李嶺亨(ヘンリー)さんが流暢な日本語で語る。
「李錦記のオイスターソースは一般家庭からプロの調理人にまで幅広く愛用されています。その味を産み出すカギは伝統的な製法にあります。
原料の牡蠣は徹底した品質管理のもとグツグツと長い時間をかけて煮込まれ、濃縮したオイスターエキスに姿を変えます。そこに小麦粉、塩、砂糖、水を秘伝の『黄金比』で配合。牡蠣のピュアな旨味と香りが引き出されるこの製法を創業当初からずっと変えていないのです」

李錦記のオイスターソースが日本メーカー製と比べてどれだけ牡蠣以外の食材を加えずに作られているのかは、商品ラベルの「原材料名」を見れば一目瞭然。気になる人は、是非ご自身の目で確かめてもらいたい。
本社内には本格的なキッチン設備もあり、同社専属シェフが来訪者に試食する料理を作ったり、新レシピの開発などを行っている。

この日も同社の調味料を使ってシェフが腕をふるった試作料理が提供された。「かにたま」や「麻婆豆腐」、「チャーハン」などのメニューのほか、「オイスターソースを使ったプリン」や「XO醤のクッキー」など意外な組み合わせのデザートも提供された。
日本でも馴染み深いかにたまやチャーハンもオイスターソースを少し加えるだけで一気に本格中華の味わいに引き込まれてしまうから不思議だ。プリンにオイスターソースを合わせるという試みも、スイカに塩をかけると甘味が強調されるように、絶妙にマッチしていた。
本社はオフィス機能だけでなく工場も併設され、日本市場向けのオイスターソースはここで製造されている。
現在では製造工程は機械でオートメイション化され、出来上がった商品は白衣を身にまとった研究員がつめる「ラボ(研究所)」で品質チェックされて、合格したものだけが出荷されるという。

※写真は李錦記社より提供

※写真は李錦記社より提供

※写真は李錦記社より提供
広東料理の本場でもある香港。
伝統的な広東料理で6年連続でミシュランの3つ星に格付けされている高級レストランが「富臨飯店」だ。3月に発表された2025年度版「ミシュランガイド香港・マカオ」でも3つ星を獲得した。創業者の故・楊貫一氏は「アワビ王」の異名をとる香港飲食業界の超有名人。香港スターらVIPがこぞって訪れる、最高クラスの香港グルメが味わえる店だ。

黃隆滔シェフ
店の売りはアワビやナマコ、魚の浮袋など贅を尽くした高級食材を使った海鮮料理。師匠から店を引き継いだ黃隆滔シェフは人気メニューの「アワビとナマコの煮込み」にオイスターソースを一本丸ごと豪快に注ぎ込んでいた。

「他社のオイスターソースもあるのになぜ李錦記を使うのか?」という質問に、黃シェフは笑顔でこう返した。「その答えはとても簡単です。私は師匠からの教えの通り、食材と調味料にずっとこだわってきました。色々と使ってみて李錦記が一番良かったので使い続けています」
こんな最高級レストランでも李錦記のオイスターソースが愛用されていた。

※撮影場所は、尖沙嘴支店です。
1キロに及ぶ真っ直ぐな通りの左右に百、何千という露天が延々と並ぶ「女人街」は、香港を代表する繁華街だ。女人街にある「女人街食飯公司」は古き良き時代の香港を再現したノスタルジックな雰囲気で、地元民や観光客から人気の店。リーズナブルなお値段でカジュアルにローカルフードを味わえる。
円卓を囲んで回転テーブルの上に置かれた大皿をみんなでワイワイ取り分けながら食べるのが本場中国式の食べ方だ。

「エビトーストの黒トリュフ添え」や「ハマグリの黒胡椒炒め」などの人気メニューは濃厚でどれも美味。ここでも李錦記のオイスターソースを調味料として使用しているという。
最高料理店から屋台、そして一般家庭まで、香港グルメのあらゆるところで李錦記の調味料が愛用されていた。

ここ数年、日本でも「ガチ中華」と呼ばれる日本人向けではない本場の中華料理の店が流行っている。しかし、現地のシェフが普段から使っている“ガチ調味料”は意外にも、日本のスーパーにも並ぶ李錦記の調味料だった。
料理に少し加えるだけで本格中華の味わいと香りに誘われる李錦記のオイスターソースを、ご家庭のテーブルでも是非お試しあれ!