
高齢化が進む日本で、「心不全パンデミック」という言葉が医療現場から聞かれ始めている。心筋梗塞や心筋症、弁膜症など、さまざまな病気の“終着点”として心不全が増え続けているためだ。
桜十字グループはこの冬、メディア向け勉強会「心不全パンデミックの今と、生活から始める予防医学」を開催。講師を務めた循環器内科医・小島淳先生(桜十字八代リハビリテーション病院 副院長)は、心不全診療の最前線で治療を行う一方、PM2.5と急性心筋梗塞の関係を日本全体で解析した研究でも知られている。
本記事では、その内容を一般読者向けに整理して紹介する。
心不全は“心臓の力が落ちた状態”

心不全とは、心臓が全身へ十分な血液を送り出せなくなった状態の総称である。心臓に戻ってくる血液が10であっても、心不全では7しか送り出せず、残りが体内に滞留する。むくみや息切れ、体重増加といった症状が現れやすくなる。
医療の進歩で命が助かる一方、心不全という最終段階に至る患者は増え続けており、高齢化とともに患者数はさらに増加すると予測される。
30〜50代が注意すべき理由

心不全パンデミックは高齢者だけの問題ではない。30〜50代は、高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙・肥満といった生活習慣病リスクが積み重なり始める年代であり、今の行動が将来の心臓病の発症確率を大きく左右する。
さらに、この世代の親は60〜80代。心不全リスクが高い年齢層に差し掛かっているため、自身と親の健康を同時に考える“ダブルケア”が現実的な課題になる。
冬に心筋梗塞が増えるワケとは?

小島先生が示したデータでは、急性心筋梗塞の発症は毎年、冬から年末年始にかけてピークを迎え、春〜夏にかけて減少する傾向が明確に表れていた。
寒さで血管が縮み血圧が上昇すること、血液が固まりやすくなること、生活リズムの乱れや暴飲暴食が重なることが主な理由だ。特に、暖かい部屋から寒い脱衣所や浴室へ移動する際の「ヒートショック」は血圧の急変を招き、心臓への負担を大きくする。
PM2.5と心筋梗塞の知られざる関係

大気中の微小粒子「PM2.5」も心臓への負荷を高める一因だ。小島先生の解析では、環境基準以下の濃度であっても、PM2.5が高くなるほど急性心筋梗塞の発症が増える傾向が示された。
特に注目されたのが、PM2.5の構成成分である「ブラックカーボン(すす)」。全体のわずか3%程度しか占めないにもかかわらず、統計的に有意に心筋梗塞リスクを押し上げることが判明した。
ブラックカーボンはディーゼル排ガス、工場のばい煙、木材の不完全燃焼などで発生し、家庭内でも調理や暖房で少量が生じる。完全禁煙の店でもPM2.5が一定値になるなど、私たちの生活空間でも無視できない存在だ。
PM2.5単体の影響は小さくても、高血圧・糖尿病・喫煙などの生活習慣に空気環境の悪化が重なることで、心臓に「負荷の総量=リスクバーデン」が蓄積されるという考え方が重要になる。
生活から始める心不全予防
小島先生は、今日から取り組める予防策として以下を挙げた。
【1.検診で“今の状態”を知る】
血圧・血糖・コレステロールを把握し、異常があれば早めに改善。親世代にも検診を促し、ダブルケアの基盤をつくる。
【2.食習慣の見直し(減塩)】
1日6g未満の塩分を目標に、外食や加工食品を控えること。味付けはできるだけ塩の使用を抑えて、素材のうま味に慣れていくことがポイント。
【3.やや速歩きの運動習慣】
時速5km弱の“少しきつい”早歩きを20〜30分、週5日を目安に。運動をしていない人はいきなり負荷を上げず、まずは歩く時間を確保する。
【4.良質な睡眠の確保】
寝つけない、夜間に何度も起きるなどの症状があれば、睡眠時無呼吸の可能性も。スマホなどのデジタル機器を就寝前に控え、睡眠環境を整える。
【5.ヒートショックと空気環境への対策】
室温は20℃前後を目安に保ちつつ、脱衣所・浴室・トイレを冷やさない。調理中は換気を徹底し、PM2.5対応の空気清浄機の活用も有効。
“未来の心不全”は今日から軽くできる

心不全パンデミックという言葉は、遠い未来の出来事のようにも聞こえる。しかしその芽は、すでに30〜50代の生活習慣、そして親世代の健康の中で静かに育ち始めている。
血圧・血糖・生活リズム・空気環境。これら一つひとつは小さな要因でも、積み重なれば心臓への大きな負担となる。だからこそ、毎日の行動で“リスクバーデン”を軽くしていくことが重要だ。
冬の健康特集としてだけでなく、1年を通じて「自分と家族の心臓を守る生活」を考えるきっかけにしたい。







