現在、地球上では気候変動が起きていることが問題になっていますよね。さまざまな分野で影響がある中で、ビールの主原料である大麦やホップの収穫量が減少や品質の低下にもつながる恐れがあるのをご存知ですか?
また、ビールの供給の仕組みは、持続可能なものである必要もあります。
そこで、継続したビールの供給を将来も持続させるために、ビール大手企業をはじめとした企業は対策を始めています。
そこで今回は、ビールを守る国内外の企業の事例とともに専門家の見解をご紹介します。
ビールの持続的な生産を守る企業の取り組み2選
1.サッポロビールの取り組み~耐性とバランスを兼ね備えた大麦を発見
サッポロビールは、2019年12月に「サッポログループ環境ビジョン2050」を策定し、ビール事業で140年以上にわたり培ってきた原料づくりの取り組みにおいて、気候変動への緩和と適応の両面から課題解決に挑み、レジリエントな企業体を目指しています。
そして気候変動に伴う降雨量増加への耐性と麦芽成分のバランスを向上させる性質を併せ持つ大麦を、世界で初めて発見したことを2022年3月の日本育種学会第141回講演会で発表しました。
この大麦は麦芽の製造期間短縮により、CO2の排出量を削減できる可能性もあるそうで、今後、気候変動に適応する大麦新品種として開発と検証を進め、実用化を目指すとしています。
そもそもこの大麦はなぜ発見されたのでしょうか。それは、地球温暖化により降雨量の変化が懸念される中、大麦は収穫時期の降雨により「穂発芽」という降雨によって収穫前の種子が穂に実った状態のまま畑で発芽してしまう現象が生じることが一つの課題となっているからです。穂発芽した種子は麦芽の原料として使用できなくなります。
また、一般的に穂発芽耐性が強い大麦は、発芽の過程で「溶け」といわれる種子貯蔵物質(でんぷんやタンパク質など)の分解が進みにくく、麦芽品質が低下する課題もあるそうです。
そこで発見された、穂発芽しにくい性質と溶けが進みやすい性質を併せ持つ大麦を用いて、今後、麦芽の原料となる大麦の安定生産や、麦芽成分のバランスを向上させ、ビールのおいしさにつなげていくといいます。こうした取り組みを、SDGs達成のためにも貢献していくと述べています。
2.富士通の取り組み〜ブロックチェーン技術でビールのトレーサビリティを支える
ビールを守るための一つの方法として、サプライチェーンの透明化も世界的に求められています。ここでは、サプライチェーンマネジメントの観点から持続可能な供給を継続する「トレーサビリティ」についてご紹介します。
富士通は、「Fujitsu Track and Trust」というソリューションを通じて、ビールブランド「Leffe(レフ)」を主力とする世界最大の醸造業者の一つであるベルギー発「ABInBev」のトレーサビリティを、非常に高い「改ざん耐性」を持つブロックチェーンという新しい技術によって管理することに成功しました。
富士通の、このソリューションは、国や業界を越えた関係者をデータでつなぎ、取引に安心と信頼をもたらすトレーサビリティ基盤を提供するものです。
原料生産者から消費者まで、取引に関わるあらゆる立場の人々をつなぎ、ブロックチェーン上にすべての取引履歴を記録することで、新たな価値を創出するビジネス環境を実現しています。
AB InBevの事例では、ブロックチェーンを活用してプラットフォームを構築したことにより、生産者から消費者までの一連の取引が透明化され、信頼性の高いトレーサビリティを実現しました。安定したビールの提供とともに味管理にも役立っています。
第一弾の施策として、フランスで販売されたビール100万パックにQRコードを付与しました。消費者はQRコードをスキャンすることで、大麦がどこで栽培、収穫され、麦芽にされたかを確認できるようになりました。また同時に、産地や品質の偽装、労働搾取がないことの証明にもなるため、企業価値・ブランド価値の向上にもつながりました。
これは持続可能なビール供給のアプローチの一つといえそうです。
サステナビリティ・ブランディング視点の専門家の意見
サッポロビールをはじめ、日本のビール大手企業が、大麦やホップの未来を懸念し、先手を打って早々と目立った活動をしています。これについて、専門家はどのようにみているのでしょうか。
企業のサステナビリティ・ブランディングに詳しい株式会社揚羽の黒田天兵さんに解説していただきました。
「気候変動は、まだまだ日常生活には大きく影響が出ていないため、ピンと来ていない方が多いと思います。ただ『近い将来ビールが飲めなくなるかもしれない』と聞くと、少し向き合い方も変わるのではないでしょうか?
今のまま気候変動が進んでいき極端な状況になると、原料である大麦やホップの収穫ができなくなり、その結果、ビールの平均価格は今の2倍近くになるという研究もあります。2022年4月22日発表の総務省統計局の小売物価統計調査によれば、今、外食でのビール価格の平均は全国で598円。単純にこれが2倍になると、1杯1,196円にもなってしまいます。
気候変動は、ビールの他にも衣服・住まい・移動手段・食生活など他の側面にも大きな影響を及ぼしていく恐れがあります。そうした気候変動の日常生活への影響の大きさを感じさせる、最も分かりやすい一つの動きが、このビール大手企業の取り組みだと捉えています」
今後、この気候変動問題への対応により、ビール関連企業がサステナブル・ブランディングを行っていくことも増えるでしょう。消費者の立場として、どのようにビールを選び、企業を見ていけばいいでしょうか。
「今の段階では、取り組む企業は少数で、コンビニやスーパーなど量販店に並んでいる商品の中で、気候変動を謳うものはごく一部です。現段階では、気候変動対策をしているということをブランドメッセージの一つに組み込み、それを謳っているビールがあれば、積極的に手に取り、購入してみてほしいと思います。
そして、それを飲みながら、その行為自体が地球のどこか、もしくは未来の何かを救う活動につながっているのだということを味わっていただきたいと思います。
企業側にとって、気候変動対応にはどうしてもお金がかかってしまいます。将来、美味しいビールを飲み続けられるために、消費者である皆様にも協力してほしいと切に願います。そういった行動を続けていくと、徐々に気候変動への理解も進み、エシカル商品を見る目も養われていきます。ぜひ、この記事を読んでくださっている皆さまが変革の先駆者となって欲しいと願います」
ビール好きの人は特に、持続可能な供給の仕組みが整っていくことを願いつつ、企業の動きを見ながらビールを手に取りながら、協力していきましょう。
【参考】
サッポロビール「温暖化による降雨量増加への耐性と ビールのおいしさを両立できる大麦の発見」(https://www.sapporobeer.jp/news_release/0000014784/)
富士通「AB InBev事例 ブロックチェーン技術によるビール製造・流通の変革」(https://www.fujitsu.com/jp/about/resources/case-studies/vision/ab-inbev/)
【出典】
総務省統計局「小売物価統計調査」2022年4月22日発表(https://www.stat.go.jp/data/kouri/doukou/index.html)
【取材協力】
黒田 天兵(くろだ てんぺい)さん
株式会社揚羽 SDGsトランスフォーメーショングループ グループ長
長らく、従業員を巻き込むブランディングの専門家として様々な企業の意識改革・風土改革に従事。グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンの社内浸透分科会での講演を契機として、現在はSDGsブランディングにも従事。SDGsとビジネスを紐解く「SDGs Biz」の公式YouTuberでもある。
書籍:『ストーリーでわかるエンゲージメント入門 組織は「言葉」から変わる。』
揚羽(https://www.ageha.tv/)