モハメド・アリ「チョウのように舞い、蜂のように刺す」から考察する驚異的な強さとは?

2016/06/09
放送作家 石原ヒサトシ

2016年6月3日未明、元ボクシング世界ヘビー級王者モハメド・アリ(74)氏死去。訃報のニュースは世界で大きく報じられました。

 

まずは、簡単に彼の歩みをご紹介します。

 

1960年 ローマ五輪金メダル獲得

1964年 無敗で世界ヘビー級王者に君臨

1967年 ベトナム戦争で徴兵拒否、タイトルを剥奪される。黒人解放運動に携わり反対性ヒーローに

1974年 約7年ぶりに世界王座奪還『キンシャサの奇跡』と呼ばれる

1976年 アントニオ猪木との『格闘技世界一決定戦』で引き分け

1978年 3度目の世界王者に返り咲く

 

そんな中、新聞などで必ず見るのがこの名言。

 

「チョウのように舞い、蜂のように刺す」

 

誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。この一言に、アリがどれだけ至極珍しいボクサーだったか?が凝縮されているように思います。

 

“ヘビー級とは思えないスピードで鋭いパンチを繰り出し、弾むようなフットワークで相手を翻弄した”といった説明をよく見ますが、よーく考えてみると、わかったようでわからない気もします。

 

そこで、モハメド・アリの「チョウのように舞い、蜂のように刺す」についてちょっとだけ深い所を考察します。

軽量級と重量級の違い

ピンとこないのは“ヘビー級とは思えないスピード”かもしれません。

私たちがテレビでよく見る日本人のボクシングはだいたい軽量級。足で小刻みにリズムを取りステップしながら対戦するスタイルです。

 

軽量は動きながらタイミングよく反動を付けてパンチを打つと加重するので効果的。だからフットワークが重要になりスピードも求められるわけです。

 

一方、見ることの少ない重量級は、フットワークを多用するとスタミナロスに繋がるので、軽快なステップで動くより、いかにハードパンチをヒットさせるかを重要視します。アリはその概念を変えたわけです。

ヘビースタイルを静から動へ

アリのプロデビュー時の身体は、190センチ98キロ。ヘビー級としては決して大きくありません。

 

ローマ五輪金メダリストのアリは、鳴物入りでプロデビュー。ビッグマウスで相手を挑発するパフォーマンスでもファンを賑わせ、すでにスターの片鱗をみせていました。

 

アマチュア時代からアウトボクサーだったアリを、(アウトボクシングとは、パンチよりディフェンスを重視し、相手にパンチを打たせてスタミナ切れを狙い終盤に倒す、あるいは判定勝ちを納めるといったスタイル。)多くの人は「プロでは通用しない」と酷評します。

 

当時は15ラウンド制だったので、アウトボクサーにいくらスタミナがあっても高が知れているという見方が普通でした。ところがアリは、類稀なフットワークの軽さと神技的なディフェンスで連勝街道を驀進。

 

時に両手をぶらりと下げて顔を差し出し避けるというパフォーマンスまで見せるほど。そしてジャブを打ってジワジワ相手を攻め、その合間にカウンターパンチを放つというスピードと技術は、見る者を唸らせたといいます。

 

アリのディフェンス技術の凄さが分かる映像。

 

 

相手の周りをこんなにまわるスタイルはヘビー級に在り得ない衝撃でした。

 

アリの出現と成功で、ヘビー級でもスピードを要したジャブの重要性やディフェンス技術の向上が謳われます。特に若い選手はこぞってアリを真似たと言われます。アリはヘビー級のボクシングを劇的に変えました。

 

下の映像と見比べれば違いがわかるでしょう。

 

(ホリフィールド対ルイス戦) 

 

ヘビー級は昔からこんな感じが普通。互いに足を動かしたディフェンスを取っていません。大型選手の中には、殆どステップなしで相手に接近し、頭と頭を付けた状態にして至近距離からパンチを打つ選手もいます。

 

 

VSクリーブランド・ウィリアムス戦。(ステップが軽快です!)

あの名言の続きに強さへの“確信”があった

さて、1964年にアリは22歳で、19戦無敗の成績で初の世界タイトルマッチに挑戦します。「チョウのように舞い、蜂のように刺す」は、この試合前の会見で発言したものですが、実はこの名言に続きがありました。

 

「奴には私の姿は見えない。見えない相手を打てるわけがないだろう」

 

アリはディフェンスとフットワークに絶対的な自信を持っていたことが伺い知れます。相手はハードバンチャーのソニー・リストン。下馬評では圧倒的にリストン有利でした。

 

当時、アリのリングネームはカシアス・クレイ。6Rリストンの左肩負傷によりTKO勝ちします。この映像を見る限り、圧倒的なディフェンスでスタミナを奪っている様はチョウのように舞っている感があります。

 

専門的になりますが、後ろに体を反らすスウェーバック、後ろへ移動するバックステップ、左右に足位置を変えるステッピングのディフェンスが素晴らしく見えます。

 

つまり、足腰の強さ柔軟性はもちろん、特に背筋が強かったのでバックしてからの反動で打つパンチの押し込む威力が強力だったのではないかと推測します。

動き回りつつジャブからワンツー、しかもカウンターを狙うというのは神技とも評されます。

 

アウトボクサーと言ってイイのか!?

最後に、アリの“どこが至極珍しかったのか?”考察をまとめます。

 

ヘビー級でアウトボクシングという過去にないスタイルで世界王者になったこと。また永く君臨したこと。

 

アウトボクサーはパンチ力が劣る印象があるのにKO率は66%と高かったこと。

 

生涯戦績は61戦56勝37KO(5敗)、晩年に判定勝ちが続きますが世界王者になって以降14度KO勝ち、平均ラウンド数は8.4でした。アウトボクサーは試合前半ディフェンスで相手のスタミナを奪うのがセオリーですがアリは後半どころか中盤でKOしてしまう。

 

つまりアリは、アウトボクサーでもありハードパンチャーでもあった。これは至極珍しい選手だったといえるのではないでしょうか。

 

アリ以降、重量級でアウトスタイルに挑んだボクサーは沢山いたと思いますが大成した選手はほぼいません。やはりモハメド・アリは本当に唯一無二のボクサーだったといえるでしょう。

リング外での戦い…黒人の地位向上に貢献

アメリカで20世紀最高のスポーツ選手は誰か?という議論がメディアなどで沢山展開される際、決まって名前が挙がるのはベーブ・ルース、マイケル・ジョーダン、そしてモハメド・アリ。

 

なかでもアリは、ボクサーの偉業だけに留まらず、自らが行った兵役拒否とその騒動から、黒人の社会進出を後押しするなど世間の注目度と残した功績が異質でした。

 

圧倒的なカリスマ性で他の追随を許さないスーパースターだったことは言うに及ばず。今はただただ冥福を祈るだけです。

 

ちなみに「チョウのように舞い、蜂のように刺す」という言葉はアリのスタッフであった、ドゥルー・バンディーニ・ブラウンが考えました。世界戦が決まる前から、ブラウンがアリと肩を組んで一緒にこの言葉を叫ぶパフォーマンスを何度か行ってマスコミにアピールしていたそうです。

 

最後にキンシャサの奇跡

 

< 取材・文 / 放送作家 石原ヒサトシ >

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放送作家 「クイズ雑学王」、「ボキャブラ天国」等 バラエティを中心にイロイロやってきました。なんか面白いことないかなぁ~と思いながら日々過ごしています。野球、阪神、競馬、ももクロ、チヌ釣り、家電、クイズ・雑学、料理、酒、神社・仏閣、オカルトなことがスキです。

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