
キャッシュレス決済はこの数年で利用範囲を急速に広げ、気づけば“現金を使わない”こともしばしば。一方、ご祝儀やお年玉といった手渡しする文化は今も残り、現金が選ばれる理由も確かに存在します。
今回、TIS株式会社は、キャッシュレス決済を利用したことがある全国15~69歳の男女600名を対象に、日常生活や冠婚葬祭などにおける全30の支払いシーンについて、キャッシュレスと現金の利用実態と利用意向を調査。その結果からは、変わりゆく支払い行動と、現金の価値が共存する日本の“いま”、そしてキャッシュレスのさらなる発展性が見えてきました。
現状は現金中心でも、意向はキャッシュレスが先行
実生活での利用実態を見ると、冠婚葬祭やゲームセンターなどでは現金がまだ多く使われています。しかし、“どちらも使えるなら”という前提での利用意向を見ると、キャッシュレスの利用意向はほとんどのシーンで現金を上回りました。特に日常生活13シーンでは「キャッシュレスを使いたい」が7~8割。現状の利用実態よりも人々の意向はキャッシュレス化に向かっており、環境が整えば利用はさらに広がることが示唆されます。
交通や医療でキャッシュレス意向が高い

交通機関の支払いでは、キャッシュレスの利用意向が特に高く、「高速道路の通行料」は83.5%、「電車やバスの乗車料」は82.8%がキャッシュレス派。「スムーズな移動」に対するキャッシュレス需要の高さがうかがえます。「病院やクリニックでの診察料」でも73.8%がキャッシュレスを希望しており、実態として現金しか使えない場面でも「使えるならキャッシュレスにしたい」という意向が読み取れます。
冠婚葬祭ではキャッシュレス意向拡大、一方“現金の価値”も根強い

ご祝儀や香典、お年玉など、伝統的に現金が中心のシーンでも、他のシーンと比べると割合は低いもののキャッシュレス利用意向は3割以上。「結婚式のご祝儀を渡すとき」において、20~30代では4割超がキャッシュレスを使いたいと回答し、その理由として「現金(新札)の用意が面倒だから」など、手間の軽減やキャッシュレスの利便性の高さが選択の理由となっています。近年では、事前振込型のご祝儀もあることから、若い世代を中心に今後冠婚葬祭シーンでも“キャッシュレス派”が伸びていく可能性もあるようです。

一方、冠婚葬祭で現金派の理由は、「伝統的な慣習だから」が最多。特に「結婚式のご祝儀を渡すとき」における現金利用意向を世代別に見ると、60代が最も高く85.0%に。ほかの世代では20代58.0%、30代57.0%となり、世代間による意識の差が見られる結果となりました。
また、「お年玉をもらうときor渡すとき」に「現金を使いたい」と回答した人は全体の64.3%で、その理由には、「お金のことを考えることができる」「お金の使い方を学ぶ良い機会だから」などが挙げられ、「お年玉を現金でやりとりすること=お金の価値を考える機会」と捉えている人が一定数存在することが明らかになりました。
このように、冠婚葬祭シーンや、お小遣い・お年玉・募金・投げ銭などの「お金を贈るシーン」では、現金の利用意向が高い結果となりました。現金には経済的な価値だけでなく、文化的・情緒的、教育的価値が重視されているようです。
友人・知人との金銭授受も効率性重視のキャッシュレス意向が高い

飲み会の会費やランチの割り勘、旅行代金の立て替え返金など、友人や知人との金銭授受では、全体の5割以上がキャッシュレス意向であり、特に20代が70%前後でほかの世代よりもキャッシュレス利用を望んでいる人が多いことがわかりました。その理由として、約半数が「キャッシュレスの方がラク・スムーズだから」と回答。時短、利便性によるキャッシュレスの利用意向が高いことが伺えます。

一方、現金派の理由としては、「現金の方が安心だから」がトップに。30~50代では「相手が使っていない場合がある」という回答もあり、相手の環境が整えばキャッシュレス利用意向はさらに高まる可能性があります。
キャッシュレスは慣習の変化と共に少しずつ浸透

東洋大学 経済学部 国際経済学科 教授 川野祐司 氏
今回の調査結果からわかるように、結婚式のような儀礼的なイベントで効率性よりも慣習を重視する人が多いのは、お金の受け渡しが単なる価値の移動ではないことを示しています。同時に、年代別の数字からは私たちの「慣習」が時とともに変化することも読み取れます。キャッシュレスは時間をかけて日常生活に浸透していくのでしょう。
2020年代に入って世界のキャッシュレスはさらに進んでいます。世界のほとんどの地域で50%に達しつつあり、日本を含む東アジアでは80%に近づいています。
また、世界のキャッシュレスの機能も進化しつつあります。中国のWeChatには「赤い封筒」という機能があり、お祝いやお年玉を送ることができます。お金だけでなく、音声の録音、選べるギフトを贈る機能があり、コミュニケーションにも役立っているのです。
EU(欧州連合)では、「デジタルユーロ」の取り組みが進んでいます。2029年に発行される予定となっており、ビジネスや生活が効率的になると予想されています。また、さまざまな事情を抱えた人にも使いやすく、教育しやすい設計を目指しています。特に、お金の使い過ぎや借金を抑える教育が欠かせません。この取り組みを金融包摂といいます。
一方で、私は現金が今後も長く残ると予想しています。現金は手元にあると安心感があったり、手渡しには気持ちを伝えやすいメリットがあります。私たちの生活は効率性だけでは測れません。今後も現金とキャッシュレスは互いに支え合いながら社会を支えていくでしょう。
キャッシュレスは価値観や感情を媒介する社会インフラへ

TIS株式会社 デジタルイノベーション事業本部 ペイメントサービス事業部長 津守諭氏
日本のキャッシュレス決済比率は2024年に4割を超えました。今回の調査結果は、実生活での利用実態において、キャッシュレスが自然な選択肢になったことを示しています。さらに、現金しか使えないシーンにおいてもキャッシュレスの利用意向は5割近く、国が目指すキャッシュレス比率8割に向けて、実現可能性を期待できる結果となりました。
一方、全てがキャッシュレスになるのでなく、現金だからこその価値も確認することができました。冠婚葬祭では現金が多く利用されていますが、2割の方が「現金の方が気持ちが伝わる」と回答しています。現金は経済的な価値だけでなく、情緒的な価値を持っているといえそうです。年代によっても現金とキャッシュレスの感じ方は異なるので、選択肢を持てることがより重要になります。
消費性向に目を向けると、価値観が大きく変わりつつあります。大衆消費から瞬間的なパルス型消費が増加しており、この傾向は対話型AIによる購買で一層加速されます。一方で商品ではなく価値観からはじまるブランドが好まれ、新消費を避ける感謝経済の萌芽も見られます。
今回の調査結果からは、キャッシュレスが利便性の選択肢から、価値観や感情を媒介する社会インフラへと進化しつつあることが見えてきます。TISでは、キャッシュレスサービスによる利便性向上と、消費者の体験をより楽しく、社会とのつながりを感じられるものにする取り組みを、事業者の皆さまとの共創によって進めていきます。
【調査概要】
調査手法:インターネット調査
調査期間:2025年9月10日(水)~9月11日(木)
調査対象者:全国 15-69歳男女 計600名
キャッシュレスの成長余地と現金とのバランス
今回の調査から明らかになったのは、日常生活ではキャッシュレス利用意向が高い一方で、冠婚葬祭やお年玉などでは現金の価値も根強く残っていることです。現状は現金中心でも、意向としてはキャッシュレスが先行しており、まだまだ成長の余地は大きいと言えます。
重要なのは「現金もキャッシュレスも選べる環境」を整えること。ライフスタイルや価値観は多様で、効率や利便性を重視する場面もあれば、気持ちや慣習を大切にする場面もあります。両方の選択肢を持てることが、キャッシュレスをより自然に、安心して日常に浸透させる鍵となるのではないでしょうか。







