「時は来た!」
橋本真也選手の言葉を借りるなら、まさにそんな心境の一日でした。小学生の時にテレビで見た『アントニオ猪木v.sマサ斉藤』の死闘に衝撃を受けて以来、約30年プロレスファンである僕が、今回縁あって週刊プロレスの佐藤編集長にインタビューさせていただくことになりました!
『週刊プロレス』とは
『週刊プロレス』は、日本で唯一のプロレス専門週刊誌。1983年の創刊以来(月刊誌の創刊は1955年)、実に30年以上に渡り、プロレス界の“今”をリアルに伝えてくれるファンにとって無くてはならない雑誌です。かつては、過激な記事や写真掲載などから、バッシングされることもあり取材拒否をする団体もありました。
しかし、時代の逆風にさらされ、どんなにプロレスが低迷しようとも、これまで日本プロレス界をド真ん中で支えてきたのは紛れもなく『週刊プロレス』。佐藤編集長の目には、昭和と平成のプロレスが、それぞれどのように映り、何を感じているのでしょうか?日々目まぐるしく変化・進化し続けるプロレスについて聞いてみました。
インタビューは、近年まれに見る神興行だった2016年1月4日、新日本プロレスの東京ドーム大会から一転、その8日後に退団が発表された中邑選手の話題から始まりました。
― 新日本プロレスのエースである中邑真輔選手が退団、人気外国人のAJスタイルズもWWEに参戦、飯伏幸太選手もケガによる長期欠場という現状で、僕はU.W.Fの解散時を思いだしてしまいました。いま、新日本プロレスは結構ピンチだと思うのですが、いかがお考えでしょうか?
佐藤編集長:まったく問題ありません。全然大丈夫です!
プロレスというのは誰かがいなくなると、それまで密かに力を貯めていた人間がドーンと大化けするんです。中邑選手の穴は痛いですが、必ず誰かが出てきます。
― その候補は誰だとお考えですか?
佐藤編集長:内藤哲也選手ですね。彼はメキシコに行ってキャラクターを身に付けて、発言にも説得力が出てきました。自信満々に自分の考えを発言していますよね。
それが凄くファンに届いているので、中邑選手の穴という意味では、それを埋める一番の存在が内藤選手だと思いますね。
― 2013年にG1クライマックス※で優勝した時よりも、今の内藤選手の方が大きな存在でしょうか?※G1クライマックス:新日本プロレスが毎年夏に行うヘビー級選手によるシングルマッチのリーグ戦。
佐藤編集長:G1の時はまだ本当の力が身に付いてない段階だったかもしれないですね。
本来ですとG1を優勝した翌年の1.4東京ドーム大会でIWGPヘビーにメインイベントで挑戦するのが規定路線なんです。でも、いつもであればセミファイナルでやるカードと順番が引っくり返ってしまったんです。それがまだ当時、内藤選手がそこまでの地力が付いてないことを証明していましたね。
― オカダ・カズチカ選手のライバル的存在、好敵手は内藤選手で不足ありませんか?
佐藤編集長:「果たして内藤選手で中邑選手の代わりが務まるのか?」という懸念はあるんです。でも、その言葉自体が過去にとらわれた発想です。新日本プロレスは常に時代に適応したプロレスをしているので、代わりが務まるか務まらないかではなく、さらに進化していると感じさせる闘いを、内藤がしてくれると期待しています。
そして、何といってもオカダ自身が、棚橋にメインイベントで勝ったことで、「自分が新日本プロレスを引っ張っていくんだ!」という自覚が芽生えていると思うので、そのチャンピオンの器量に期待したいです。
― 新日本プロレス以外の選手で注目の選手はいますか?
数年前からプロレス人気が復活して“プ女子”なんて言葉も生まれていますが、実情は、東京ドームで興行を打てるのは新日本プロレス以外になく、後楽園ホールを満員に出来る団体も数が限られています。本当の意味でプロレスが復活するためのキーマンは誰だと思われますか?
佐藤編集長:大日本プロレスのストロングBJ※で活躍している岡林裕二選手ですね。彼は怪物チャンピオンです!昔の恐ろしいパワーを持った外国人レスラーを彷彿させてくれます。
アンドレとかハンセンに匹敵する説得力、理屈抜きの凄まじいファイトを見せてくれていますので、昔からのプロレスファンにも受け入れられやすいファイターだと思います。
※大日本プロレスには従来のプロレスをする『ストロングBJ』とデスマッチ主体の『デスマッチBJ』があり、岡林選手は『ストロングBJ』の選手。
― タッグを組んでいる岡林選手と関本選手は、ひとつひとつの技に説得力がありますよね?
佐藤編集長:岡林と関本はハンセン、ブロディに匹敵しますね。彼らは今風の複雑で難解な技を使う必要がないんです。ボディスラム、ブレーンバスター、逆エビ、アルゼンチンバックブリーカー、ラリアットなど、シンプルな技で魅せる事が出来る希少な選手というのが評価の対象ですね。
― 平成を代表する岡林選手を、アンドレやハンセンといった昭和の名レスラーに例えておられましたが、広く見て平成プロレスと昭和プロレスの一番の違いは何ですか?
佐藤編集長:スピードですね。間を置かないでポンポン試合をしていくのが今のプロレスです。対して昔のプロレスは、勝負所までは動きの少ないグラウンドの攻防を観客は見入ってたんです。今は試合が始まった瞬間から選手たちが全力疾走しますよね。
― なるほど。確かに、昨年7月に大日本プロレスが両国国技館大会を行った際、メインイベントで戦った岡林選手と関本選手は、ゴングが鳴った瞬間からエンジン全開の「これぞ平成プロレス!」という力のこもった試合を見せてくれました。
佐藤編集長:昔の古き良き時代のNWAのタイトルマッチなんかは、当たり前のように50分、60分闘っていましたが、今は生活スタイルがせっかちになっていますから、そういった時代背景に合うプロレスが展開されているのではないかと思います。
昭和プロレスと平成プロレスをつなぐ『天龍源一郎』という存在!
― 2015年といえばやはり天龍源一郎選手。引退試合をどうお感じになりましたか?
佐藤編集長:2015年のベストバウトのひとつだと思うのだけど、両国国技館で行われた天龍選手の引退試合『天龍v.sオカダ』は見事でした。“プロレスの時代をひとつに繋げた”功績が大きい試合です。昭和プロレスと平成プロレスの違いを一本の線で繋いだ名勝負ですよ。
― 普通に考えたら、天龍・藤波・長州の6人タッグでいいはずなのに、現役のチャンピオンに真正面から戦いを挑んだ試合でしたよね。
佐藤編集長: 65歳にもかかわらず、現役のチャンピオン相手にあそこまで身を削る試合をしたプロ根性はさすが天龍源一郎!
最後の最後まで現役として全うしました。過去の遺産にこだわらずに、現在進行形の天龍源一郎をあの年齢で見せてくれたのは素晴らしい!また、それを素直に学び取ったオカダも今年はさらなる飛躍が期待されます。
― 両国国技館で天龍源一郎といえば、天龍源一郎&阿修羅・原v.s大仁田厚&ターザン後藤が、個人的に思い入れが強いんですが、当時FMWという『邪道』プロレスはどのように見てましたか?
佐藤編集長:まずあの試合ですが、天龍源一郎というトップレスラーが、FMWという当時異端視されていた団体のレスラーとなんでやったのかと不思議でしたよね。でも、あそこから天龍源一郎の新しい地平が切り開かれたんです。
― 当時、電流爆破や有刺鉄線などを使った過激な試合で、一大ムーブメントを巻き起こしたFMWと大仁田厚選手でしたが、一方で従来のプロレスファンや他団体の選手からは批判も多かった。
佐藤編集長:批判はされたけど、天龍源一郎をはじめ、プロレスの新しい魅力を引き出した。そういった意味でも、大仁田さんは一流ですよ!だから未だに生き残っているんです。ただ、FMWに関しては、私は当時新日本プロレス担当でしたので、「なんだよFMWなんて!」という現場の空気の中で影響を受けていたのは事実です。
― 1992年~1994年は、FMWが新日をしのぐほど、破竹の勢いでしたよね。僕にとって伝説のヒールであったタイガー・ジェット・シンなども、FMWに参加して再ブレークしたりして水を得た魚のように大暴れしてました。
佐藤編集長:バックステージで出番前のタイガー・ジェット・シンとすれ違ったことがあるんですが、その時に手に持っていたサーベルで殴られたことあります。タイガー・ジェット・シンは24時間タイガー・ジェット・シンですから。
― (笑)凄いな!佐藤編集長と言えば文部科学大臣である馳浩さんとのエピソードが有名ですが?
佐藤編集長:馳さんには寝ている間に眉毛を剃られて、髪の毛を逆モヒカンにされましてね。これは田舎の親にも顔向けできませんし、これまでの人生で一番怒りましたよ!
だから宮古島と八丈島をファンと一緒に巡るツアーの時に、島に一軒しかない床屋に連れて行って、馳さんの自慢の長髪を切らせてもらいました。
ところが、その時に馳さんはVシネマに出演が決まっていたんですが、髪の毛を切ってしまったので、予定のギャラをダウンさせられたと後から聞きました。
プロレスと格闘技の違いは、相手を引き立てるかどうか!
― 平成の格闘技といえば、総合格闘技PRIDE。プロレスラーが参戦し、負けてプロレス最強神話が崩れました。そこで一時期ファンがプロレスから離れましたが、現在はプロレスの方が人気があるのは何故でしょうか?
佐藤編集長:プロレスは目の前で起こったことは全てプロセスなんです。勝敗は確かに大切ですが、それだけではありません。レスラー個人はもちろんプロレスというジャンルそのものとしても逆境から這い上がっていく、しぶとい業界なんだと思います。そして、総合格闘技と比べても、プロレスの方が思いやりがありますよ。相手を引き立てる!相手の持ち味を出させる!その上で自分はもっと強いんだと証明するのがプロレスです。
― 「受けの美学」ですね!
佐藤編集長:プロレスの名勝負が生まれる一つのカギは対戦相手を気持ちよくさせることができるかどうかです。つまり、相手の技を逃げずに受ける。そして倒れたところから歯を食いしばって向かっていく姿、これが最大の醍醐味なんです!そこにプロレスファンは一番カタルシスを感じるんです。
― 今でこそ、プロレスと格闘技は全く別の競技であり、比較することの無意味さをファンのみならず理解しています。総合格闘技に負けたことで、プロレスの真の強さが見直される結果になるとは、まさに「受けの美学」ですね!
佐藤編集長:それこそがプロレスが停滞することなく、逆に右肩上がりで成長を続けている最大の要因だと思いますよ。
― 相手の技を受け入れ、その上で勝つという意味で、編集長が一番理想とするレスラーは誰でしょうか?
佐藤編集長:たくさんいますが、武藤敬司さんの考え方が凄く好きです。武藤さんは、プロレスの試合には必ず“ヤラれている時間帯”があると言っているんです。その時間帯を歯を食いしばって耐えれば、その後に必ず勝ちに繋がるチャンスが巡って来ると。ですから、人生の中で少々しんどい時があっても、それはやられている時間帯なんだと認識して我慢すれば、その先の未来があるということを武藤さんのプロレスに例えた話で教えてもらった気がします。
つまり、そのくらいプロレスというのは、人の生き方にも影響を与えるジャンルなんだと思います。
唯一のプロレス専門週刊誌としての責任とこれから
― 以前、佐藤編集長はインターネットと雑誌の違いについて「紙は人間のぬくもりを伝えることができる。試合以外のレスラーの想いなどを誌面で表現することができる」とおっしゃってます。
佐藤編集長:今は、SNSなどで、プロレスラー自身のコトバで様々なことを語れる時代です。それは、それで良いと思います。リングの外に出てもプロレスラーとしての自覚があれば。
さきほど昭和のプロレスラーは24時間プロレスラーだった、という話がありましたが、プロレスの面白さは、単純に勝ち負けだけではないんです。リングの中では人生すら表現し、リングの外でもヒーローであり続ける!だからこそ見ている人たちに勇気や感動を与えることができるんです。ですから、そのあたりの自覚を持って発信してほしいと個人的には思います。
― あるデータによると、週刊プロレスのリアル書店でのリピーター率は60%なんです。これは他の雑誌と比べてかなり高い数字ですが、継続的に読んでもらうために、どの様な工夫をされているのでしょうか?
佐藤編集長:基本的には連載ですね。読者の方は、毎週この人の話が聞きたいがために買って下さっている。『棚橋弘至のドラゴンノート』という棚橋選手の日常を披露する連載が評判良いですね。
― 連載記事やコラムには、SNSでは語れない面白さがあると思います。「週刊プロレス」の取材やインタビューを通すことで、ご本人は気が付かないような真実が、とてもドラマチックなストーリーになって浮き上がっている感じがします。
佐藤編集長:以前は、レスラーヒューマンストーリーという人物モノの連載記事がありました。特に女子プロレスラーは、家庭環境に恵まれず、想像を絶するような過酷な体験をし、トラウマの克服のためにレスラーを目指した人が少なくない。彼女達の生き方に共感するファンも多かったです。
― そういった、ある意味ゴシップ的要素を含んだ、選手自身の影や日向の部分も伝えることで、プロレスという世界感が広がりをみせるわけですね。
佐藤編集長:プロレス週刊誌としては日本で1誌しかないので、業界に対する責任もあるのですが、その一方で数字という現実があります。だから、時には業界の利益と相反するような刺激的な表紙も作らざるを得ない時もあるわけです。専門誌といってもあくまで商業誌です。雑誌は売れなければ休刊になってしまう。週刊プロレスがなくなったら終わりです。上からモノを言うつもりはありませんが、そこまでの覚悟を持って雑誌づくりに携わっているつもりです。
― 富士山マガジンのサイト内には読者レビューがあり、「週刊プロレスは熱のこもった内容だ」という意見が多いんですよ。
佐藤編集長:記者たちは仕事とはいえプロレスが好きなので、何とか自分の担当する団体を1ページでも多く取り、いかにプロレスラーの魅力を知ってもらいたい、担当団体の試合を盛り上げたいという熱が行間から伝わってくると思います。そして、とにかく、皆さんにプロレスを生で観てほしい。
― 例えば、プロレスを観たことない女性でも、一度会場に足を運んで鍛え上げられた肉体と肉体がぶつかり合うあの迫力を生で見たら、その凄さを肌で感じますよね!強くてイケメンと評判のオカダ・カズチカ選手など、ビジュアル目的でもいいのでとにかく見てほしいです!
佐藤編集長:そうですね。まだ観たことがない人にPRするとしたら、やっぱり新日本プロレスはカッコいいレスラーがいて、見たら必ず面白い。新日本に限らず、NOAH、大日本、DDT、ドラゴンゲート、女子プロレスなど個性豊かな団体がプロレス界にはたくさんありますので、会場に一回足を運んでくだされば、10人中9人は絶対に満足しますよ。
間合いを楽しむ昭和プロレスも、息つく暇を与えないスピーディーな平成プロレスも、どちらもプロレス。常に時代の変化に対応し、その瞬間ごとにベストな戦いを見せてゆくのがプロレスなのです。そのしぶとさと、柔軟性は、そのまま『週刊プロレス』の目指す姿に当てはまる気がします。「『週刊プロレス』がなくなったら、終わる。」と言い切った編集長のコトバは、週刊誌が消滅するという意味はもちろん、『週刊プロレス』が“真実”を伝られなくなったら、プロレスは面白くなくなるという意味に感じました。
プロレスブームが復活しつつある今こそ、それが一過性のモノにならないよう、「プロレスとは何か?」を、アツく!時に厳しく、でも冷静に魂のこもった記事で伝えてくれることを楽しみにしています!
佐藤編集長、ありがとうございました。
新潟県 出身
1989年 株式会社ベースボールマガジン社入社
2001年 週刊プロレスの記者を経て
週刊プロレスの4代目編集長に就任
2004年 週刊ベースボール編集部に移動
2007年 同誌編集長に就任
2010年 6年ぶりに週刊プロレス8代目編集長に復帰
現在も第一線で活躍する
週刊プロレス 毎週水曜日発売
< 取材・文 / 川又唱史 >