「心の健康投資」という言葉を耳にしたとき、健康経営の間口が少し広がり過ぎているのではないか、と感じる人もいるかもしれない。身体の健康に、働き方やダイバーシティといったテーマが加わるなか、さらに「心」まで含めてしまえば、企業が背負う範囲は際限なく広がってしまうようにも見える。
こうした見方もあるなか、2025年10月10日、世界メンタルヘルスデーに合わせて「心の健康投資シンポジウム2025」がオンラインで開催された。そこで語られた内容は、メンタルヘルスを投資として考えるための手がかりとなるものだった。

基調講演では、経済産業省の小野聡志企画官が登壇し、健康経営に取り組む企業が「メンタルヘルス不調等の発生予防」を課題として最も多く挙げている実態を紹介した。

続いて、厚生労働省の加藤優奈専門官が登壇し、精神障害による労災支給決定件数が2024年度に過去最多を更新したことを報告するとともに、令和7年度の法改正により、50人未満の事業場にもストレスチェック制度の義務化が予定されていることなどが示された。
こうした背景のもとで語られる「心の健康投資」は、健康経営を拡張するためのスローガンというよりも、これまで曖昧なまま放置されてきた課題に、企業が向き合わざるを得なくなった結果として生まれた言葉だと言える。
続くディスカッションでは、「企業、そしてリーダーは心の健康とどう向き合うべきか」をテーマに、コンソーシアム代表理事の川上憲人氏がモデレーターを務め、日本航空や日本郵政グループといった大企業、さらに地方の中小企業である東振精機の関係者が参加し、意見が交わされた。
大企業の立場からは、メンタルヘルスの重要性への理解が進みつつある一方で、どのように現場に浸透させていくかについて試行錯誤が続いている現状が語られた。
日本航空の菅氏は、多様な職種が働く同社の現場では、心の健康が重要な経営課題となっており、特に社員が自ら考え行動する「職務自律」の重要性が高まっていると話した。これに対し、日本郵政グループの中村氏は、「決めたことを最前線の現場まで届けきるのが私たちの使命。グループ4社の社長を健康経営推進責任者とすることで、横断的なプロジェクトチームを設置し、全国の職場へと段階的に施策を展開している」と述べた。
こうした大企業の議論を踏まえつつ、中小企業の立場から東振精機の事例も紹介された。
同社の中村取締役は、離職した若手社員へのヒアリング結果として、「40〜50代の社員がどのように働いているかを見て、自分の将来像を描けなかった」という声があったことを紹介した。心の健康は、本人だけの問題にとどまらず、職場全体の空気や、そこで働く人が思い描く将来のイメージにも影響を及ぼしていた。
一方で現場には、心の健康に関する制度や外部サービスが増えるなかで、何から手を付ければよいのか分からないという声も少なくない。これに応えるのが、産官学の連携により開発された、心の健康サービス選択支援ツール「ウェルココ」(https://wellcoco.jp/)だ。企業の状況に応じて課題整理の手がかりを得られる点が特徴だという。
シンポジウムを通じて浮かび上がったのは、「心の健康投資」が新たな負担を企業に一方的に課す概念ではないという点だ。人が力を発揮し続けるための前提条件に、ようやく正面から光が当たり始めた。その変化をどう受け止め、どこから手を付けるのかが、いま企業に問われている。







