棒に当たったり、遠吠えさせられたり、挙句の果ては死なされたりと、ことわざや慣用句に登場する「犬」は、とかく気の毒である。そのような言葉の中に「かませ犬」というものも。意味は「格闘技などで引き立て役として対戦させる弱い相手」とある。そもそも闘犬用語で、若い犬に自信や闘争心を養わせるため引退した犬がその役回りを担うという。
犬、かわいそう…。
しかしどうだろう、それが人間やエンターテインメント界に存在する「かませ犬」だったら…。滑稽、味わい、ドラマチックなストーリーの陰の立役者になる。そこで今回は哀愁漂う「かませ犬」について考えてみたいと思う。
アニメ界のかませ犬予想
アニメ・漫画界には当然のように登場するかませ犬。分かりやすく説明すると、主人公、もしくはそのライバルの強さの物差しになる役目。
この存在を日本のみならず世界に証明させたのが「ヤムチャかませ犬の定理」である。ドラゴンボールにおいて、Z戦士のヤムチャは、登場時こそ少年期の悟空をぶっ飛ばす実力を見せるが…
・第21回天下一武道会
予選のクリリンの戦いぶりを見てヤムチャは悟空も参戦しているため「準優勝も危ねぇな」と大口叩くも優勝するチュンとあたり1回戦負け。
・第22回天下一武道会
天津飯に対し「消えろ ぶっ飛ばされんうちにな」と挑発するも、当人にぶっ飛ばされ1回戦負け。
・第23回天下一武道会
「どうぞご遠慮なく」とシェンに胸を貸すような発言後、翻弄され1回戦負け。
その後も人造人間にうかつに声をかけ手刀で胸を貫かれたり、サイバイマン戦では半ば勝利していたにもかかわらず自爆の道ずれにされる。この負けっぷりはフィギュア化され世界を驚嘆させた。
Twitterより @quengokawano
このように後に主人公のライバルとなる人物と対戦するにあたり、身の程をわきまえずしゃしゃり出て暴言を吐き、清々しく敗北するヤムチャは、登場するだけで「かませ犬だな…」と見る者に享受させ、やがて定理化した。ところが後半になると、もはやヤムチャでは荷が重くなり、噛んでも味がなくなり、本人は戦線離脱。噛む場所すら無くなる。そこで上位互換としてその役を担ったのがベジータである。恋人も取られるし…。
とはいえ他のアニメにおいても、大言壮語を吐くキャラが出現すると、やはり「かませ犬だな」と予想をたやすくさせたヤムチャの功績は大きい。
スポーツ界のかませ犬というフラグ
スポーツ界における「かませ犬」といえば、かつて新日本プロレスに所属していた長州力であろう。80年代初頭、とある試合でタッグを組んだ長州と藤波辰巳。それまで周囲から藤波の格下扱いされてきたことに憤慨しこの日爆発。長州が藤波に「俺はお前のかませ犬じゃない!」と叫び、対立が激化する。
また野球界では、1989年、巨人対近鉄の日本シリーズ3回戦。3連勝した近鉄の勝利投手、加藤哲郎がインタビューで「巨人はパリーグの最下位チームより弱い」と発言。これに激昂した巨人が翌日から快進撃をみせる。
…この2つのエピソードは有名だが、実は両方とも誤解である。
長州のケースは、実際には「なんで俺がお前の前を歩かなきゃならないんだ! ※格下扱いなんだ」と発言。後に雑誌のインタビューで長州が「かませ犬」発言をし、それを当時の実況・古館アナが頻繁に使うようになり浸透した。
加藤のケースは、実際には「シーズンの方がしんどかった。相手も強いし」と発言。また新聞記者に「巨人はパリーグ最下位より弱いんじゃない?」と聞かれ「打線はアカンなぁ」と答えたところ、件の発言にすり替えられ報道されたという。
しかしこれらがかませ犬のフラグとなり、長州はさらに名をあげ藤波と共に新日のスーパースターに。巨人は怒涛の3連勝でシリーズ最終戦に臨み、再びマウンドに立った加藤を打ち崩し逆転日本一になったのである。
以上のように、かませ犬とはアニメにおいてもリアル競技においても、劇的な展開を演出するのに必要不可欠な存在。主人公を輝かせるのになくてはならないあて馬なのである。
馬、かわいそう…。