東京・駒沢オリンピック公園の近くにある「Teoデンタルオフィス」の小松裕院長は、「歯のかみ合わせが心身に与える影響の大きさを知ってほしい」と言葉に力を込める。また思慮に欠ける安易な治療の弊害を訴え、健診や予防治療によって患者の「デンタルIQ」を上げる取り組みも積極的に行う。「自分の歯で寿命を全うする人を増やしたい」と大きな理想を掲げる根底には、何があるのだろうか。
「かみ合わせ」が心身に与える影響
歯や口腔内におけるトラブルの多くは「かみ合わせ」に原因があることはご存知でしょうか? たとえば、虫歯。就寝中の歯ぎしりには、300〜400kgの荷重がかかっていると言われています。かみ合わせのバランスが悪い状態で力強くかみ込むと、歯がひび割れを起こし、知らないうちに空いた穴に菌が入って虫歯になるケースがあります。毎食後、しっかり歯を磨いているのに虫歯になってしまう人は、一度かみ合わせを診てもらった方がよいかもしれません。
理想的なかみ合わせは、上下の歯の接触がよく、あごが上下だけでなく「左右」にもよく動かせる状態。単純な上下運動に左右の動きも加わって食べ物を細かくすりつぶすので、胃や腸の負担が軽く、唾液もよく分泌されるため消化が促進されます。一方、かみ合わせが悪いと食べカスが口の中に残り、悪臭が発生することも。口を開けにくい、あごを動かすと変な音が出る……という顎関節症は、あごの動きが鈍くなって生じる病気の総称。やはり、かみ合わせが原因になっているんですね。
かみ合わせの悪い状態で食いしばると、歯がグラグラ揺れて歯周病の原因に。ひび割れから知覚過敏を引き起こし、穴が開けば虫歯菌の温床になります。最悪、歯が折れて欠けてしまうことも。顎関節症によって生じるあごの痛みがストレスになって脳機能の低下に陥り、うつ病になってしまう患者さんもいらっしゃいました。このように、かみ合わせが心身に与える影響の大きさは計り知れないのです。
患者さんの「デンタルIQ」を上げたい
悩みの種となる状態(=今回ならかみ合わせの悪さ)を、体が自動的に補正しようとして他に悪影響が出てしまうことを「適応と代償」といいます。ただ、就寝中にしている歯ぎしりに気づく人が少ないように、ご自分の体に「適応と代償」が起こっていると勘付く患者さんはごくわずか。事実、歯が痛むから、あごが動かしづらいから……など症状が強くなってから来院される患者さんがほとんどです。
だからこそ私たち歯科医師は、科学的見地に基づいた正しい情報を患者さんにお伝えしなければなりません。悩んでいらっしゃる症状の原因を明らかにして、患者さんのデンタルIQを上げた上で、ご納得いただいてから治療に入ってもらう。そのために、口腔内の様子を三次元で捉えられる歯科用CT(コンピューター断層撮影)を導入。健診や予防治療の必要性を訴えるなど、Teoデンタルオフィスでは患者さんの啓蒙にも積極的に取り組んでいます。
ただ最近、マウスピース矯正など、一部の歯科治療が営利目的の強いビジネスになってしまっている状況が見受けられます。整ったキレイな歯並びにすることだけを重視して、かみ合わせのバランスを考慮せず、重要な第一小臼歯(=犬歯・八重歯のひとつ奥にある「4番」と呼ばれる歯)を平気で抜いてしまう。その結果として生じる「代償」を無視した治療でかみ合わせが悪化しては、本末転倒ですよね。
できるだけ自然な形で歯を残す
小臼歯を抜かれてしまった患者さんは、実はセカンドオピニオンを求めて来院されました。最初は「奥歯のセラミックが頻繁に壊れる」とおっしゃって、以前通っていた病院のテクニカルミスに言及されたのです。ところが口の中を診察したところ、小臼歯を抜いたことで奥歯でしかものをかまなくなり、奥歯の負担が増えてセラミックが割れたことがわかりました。適応と代償を無視した治療の弊害は、それだけではありません。小臼歯を抜けば歯列弓(あごや歯ぐきのアーチ)が小さくなり、舌の置き場がなくなります。
これまでアーチの中に収まっていた舌を引っ込めれば、息苦しくなるでしょう。加齢によって舌根が沈み、気道が封じられることで睡眠時無呼吸症候群やいびきの原因にもなり得ます。こうした事態を避けるためにも、私は患者さんの現在の主訴だけでなく、「将来」を見据えた本質的な治療に取り組みたいと考えています。たとえば「親知らずは抜くもの」と十把一絡げに処置する歯科医師も中にはいますが、患者さんの骨格や生え方、口腔内の状況によっては残していいケースもある。私は、消耗品である歯をできるだけ自然な形で残し、ご自分の歯で寿命を全うする人が増えることを願って、日々の診療にあたっています。