ムーミンアニメ・知られざる裏舞台 ~トーベ・ヤンソンとの確執~

2016/12/21
N田 N昌

先日、『この冬はムーミンの絵本とグルメであったか~い』という記事の中で、ムーミンの絵本ついて書かせて頂きましたが、今回はムーミンのアニメについてご紹介したいと思います。こちらも前回同様、担当している番組にご出演頂いた、日本のムーミンの第一人者、冨原眞弓(聖心女子大学教授)さんから伺ったお話です。

 

 

日本でムーミンが初めてテレビで放送されたのは、1969年。当時は、スポ根漫画全盛期。「巨人の星」、「あしたのジョー」、「アタックNo.1」、「タイガーマスク」…の時代。次々にアニメ化され驚異的な視聴率を誇っておりました。


そんななか(時代に逆らうようにして)登場したのが「ムーミン」。放送時間は、日曜日の夜7時半(フジテレビ系列)。のちに伝説の枠となる「カルピスまんが劇場」の枠!

 

果たして、ムーミンはヒットしたのか?

 

ムーミンは15ヶ月かけて65話が放送され、大ヒットを記録いたしました。この後、この枠では「アンデルセン物語」「新ムーミン」「山ねずみロッキーチャック」「アルプスの少女ハイジ」「フランダースの犬」など名作が放送されます。


このヒットの背景には、スポ根アニメのファン(視聴者)を取り込むための工夫もあったそうです。

 

例えば、スポ根アニメのように激しい動きは期待できないため、「きゅっきゅっ」や「ぴこぴこ」など、擬音を意図的に多用したそうです。実はこの手法、当時制作を担当していた「虫プロ」が手掛けていた「鉄腕アトム」でも使われていた手法なんだとか。

 

ここで、お伝えしておきたいのが…旧ムーミン(1969年10月~1970年12月)と新ムーミン(1972年1月~1972年12月)で、ムーミンを制作する会社が「東京ムービー」から「虫プロ」に変わったこと。


その原因というのが…

 

なんと、原作者のトーベ・ヤンソンさん。旧ムーミンに対して「自分のイメージと違いすぎる」とヤンソンさんから抗議があったからなのです。


なので、旧、新作で作風はかなり違います。原作にそった虫プロの新ムーミン、そして、らしくない東京ムービーの新ムーミン、見比べてみるのも、いいかも。


最後にもうひとつ。


実は、新ムーミンもヤンソンさんにはお気に召さなかったらしく…約20年後、1990年に登場した「楽しいムーミン一家」(平成ムーミンとも呼ばれる)。こちらは、フィンランド人のプロデューサーのもと、フィンランド、オランダ、日本のスタッフの共同制作となっております。


この際も、ヤンソンさんは、アニメ化をなかなか承諾しなかったらしく、OKは出したものの、キャラクターデザイン、シノプシス両方で注文をつけたらしい。


どんな注文かというと…ムーミンパパはパイプを手にするのはいいが、吸うのはだめだとか、いたずらに自然をそこなうのはだめだとか…。


さすが、ムーミン、時代を先取りしていたんですね。

 

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N田 N昌
この記事を書いた人

N田 N昌

放送作家・ナンセンス絵本マニア 「有田とマツコと男と女」「レゴニンジャゴー(アニメ)」 「天才テレビくんMAX」「小島慶子のオールナイトニッポンGOLD」 など、テレビ・ラジオ番組の構成脚本を担当。

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